2007/06/01

疲れた男のユートビア、砂の本から

よみなおし

砂の本 / ホルヘ・ルイス-ボルヘス / 集英社 / 408-773089-1

そんなものは、発明と推理への、たんなる出発点にすぎません。われわれは、学校で懐疑と忘却術を教えられる。とりわけ個人的、ならびに地方的なものを忘れる術です。われわれは連続的な時間のなかに生きています。
...
「私のおかしな過去には」とわたしは言った。「毎日、夕方から朝にかけて事が起こり、それを知らないでいるのは恥だ、という迷信がはびこっていました。
...
「政府はどうなりました?」「言い伝えによれば、次第に廃れました。政府は、選挙を公示し、宣戦し、税金を徴収し、財産を没収し、逮捕を命令し、検閲を課そうとねらいましたが、地球上のだれひとり、従おうとしなかった。...」


痛快だった。今、まさに日本政府は「税金を徴収し」...我らの年金はどこへ?という感じで。^^;
作者は現代人が未来に迷い込んだ設定を施してはるかに遠い未来の社会の有様を未来人に語らせている。未来人はどうやら永久の生をも手に入れたらしい。

ニュースをみたり聞いたりする社会人として常識であるような価値基準を、未来人は「迷信」と断言する。
「情報の遮断」という言葉が思い浮かぶしそれへの価値づけについてぼんやり考えてしまった。昔「情報は取得した後、一度遮断する必要がある」と人に聞いたのを思い出しつつ...

物語中、現代人が自分の生きてきた時代を「おかしな過去」と呼ぶ。政府はどうなったか?なんて、えらく他人事のような質問もする。
私たちが常識と捉えられているシステムや価値観をばっさばっさと cool に斬りたおす。次第に作者が思い浮かべる未来ががひしひしと伝わってきて読みすすむにつれ文字通りのユートピアを満喫できる。が、最後の最後にそのユートピアが抱え込む難題がみえてきて未来にも現代にも共通した爆弾のような何かをみせられ、急に物語は終わる。

ところで作者は「懐疑力を鍛えられる」という文章をどんな気持ちで書いたんだろう。
そういえば、がっこの先生から、なんでもいいから疑問を感じたことを感想文で提出しなさい、と言われたことはあったろうか?疑問を感じないなどとはケシカラン!と叱られたことはあったろうか?疑問をもつことはとても重要です、といった先生のお話しを聞いたことはあったろうか?私の記憶力が衰退しているのを考え合わせたとしても義務教育期間中に懐疑力を鍛えられたことは「なかった」と思う。むしろ、その逆の力を鍛えられたのはよく覚えていたりもするなぁ。と

西暦2007年の日本。今日もどこかで「どうして太陽はおちてこないの?」と口にしてしまった子供がいたとしたら、その瞳は大きく開かれたろうか。それとも、くぐもっただろうか。常識とはなんだろうと考えていたら「ハッカーと画家」を思い出してまた読みなおしてみたくなった。プログラミングの話ではないあたりを。

--imported_from
http://www.midore.net/daybook/2007/06/1180703867.html

+++ 追記 +++
2010-02-06

> 私の記憶力が衰退しているのを考え合わせたとしても

私の記憶力は衰退しているものの
の間違いのようだ。

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