2009/10/30

怠惰への讃歌-1

怠惰への讃歌 / Bertrand Russell / 平凡社 / 978-4-582-76676-9

新聞の書評欄に紹介されていたのを読んで(確か10月半ばあたり)珍しく素直に購入してみた。第四章まで読んだ

この本は、平凡社から2009/08/10 付けで出版されたものだが本の最初のページに 「1958年に角川文庫から刊行されたもの」だと記されている。作者のバートランド•ラッセル氏は数学者としても知られている人。

第1章 1932 年
第9章 1929 年
第10章 1930 年
第11章 1933 年
第13章 1928 年
第15章 1928 年

とあり1928年から1933年のあいだに書かれたもののようだ。

第一章で1日4時間労働説を読んだ。これにはちょとしたカルチャーショックをうけた。この説はたとえこの本に興味がない人でも知っていて損はないと思う。
そして、それにもまして興味深かったのが下記。

p.72

この気狂いじみた状態に対し、気狂いじみた解決を考えついた。ドイツに、ドイツが支払わなければならないものは何でも貸すときめたられたのである。
連合国が結局いいわたしたことはこうである。「私たちは、賠償をお前らから免除してやるわけにはいかぬ。というのは、それはお前たちの犯した罪悪に対する正当な罰であるからだ。さてまた、私たちは賠償を支払わせるようにしてやることはできない。そうすると、私たちの産業を破壊するからである。それで、私たちはお前たちに金を貸そう。そして私たちが貸したものをお前たちが返却するようにさせよう。この方法によると、原則は守られて、しかも私たちに損害はないだろう。お前たちに及ぶ損害についていえば、それをただ後まわししようと考えているだけだ」。だがいうまでもなく、この解決は、その場限りのものにすぎなかった。...


これはひどい話だと思った。

「インフレーション」という単語をガッコーのキョーカショではじめて目にした時、大量のお札を荷車にのせてそれを引っ張る老婆の白黒写真がそのかたすみに掲載されていたと記憶している。その写真の人はドイツ人だと習った気もする。その程度のことであとはほぼ忘れてしまっているんだけども、ここを読んでへぇーそんなことだったわけ?とちょっと驚いてしまった。ドイツに多額の賠償を負わせた。としか私は認識していなかったから。

p.74

私たちの不幸のもととなったしどろもどろの考え方は、消費者の立場と生産者の立場、もっと正しくいうなら、競争する組織の中の生産者の立場との間に起こった混乱である。賠償がドイツに課せられると、連合国は、自分たちを消費者だと思いこんだ。即ちドイツ人の生産したものを消費することができるのは、いい気持ちだろうと考えた。ところが、ヴェルサイユ条約が結ばれてしまって、彼らが俄に気がついたことは、自分たちも生産者であり、自分たちが求めているドイツの品物が流れ込むと、自分たちの産業が亡ぶだろうということだ。彼らは非常に困ったので、途方にくれ頭をかきはじめたが、何の役にも立たなかった。連合国側は一緒に集まって頭をかき、それを国際会議といってみても何にもならない。正直なところ、世界の支配階級が甚だ無智、愚かであるから、かよな問題を考えぬくこともできず、また甚だ鼻柱が強いから、彼らを助けようとする人々から注意をしてもらおうともしなかった。


え!...。ヴェルサイユ条約についてこんな風に書いてある文章には初めておめにかかった。これがある程度事実に即しているのならば連合国側は相当子供ぽいというか「あなたいくつですか」よばわりされても不思議じゃない程の愚行を行ったことになる。国際会議つったって商店街のおじさんたちの井戸端会議と大差のないような代物だったということにもなる。いや商店街のおじさんたちの方がよっぽど優秀だろうから大差はあるかな。これじゃたまらない気持ちになるし、これが歴史だと思いこまされてきたいくつかのことは詭弁だったのかと疑いたくなってしまう。

戦争がなぜ起きたのかを解説する本はたくさんあるし、何が事実で何が事実でなかったのかをできるかぎり正確に見分けようとするのは結構大変なことなんだけども、だからといってそれは永久に知ることができないものだと決めてかかるのもおかしな話だと、あらためて思ったりもした。

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